信仰の戦い

信仰の戦いを立派に戦い抜き、永遠の命を手に入れなさい。
『テモテへの手紙1』第6章12節

注意して、御言葉を読んで下さい。信仰の戦いに勝利しなさい、と言われているのではありません。主は、私たちのために勝利され、永遠の命を約束してくださいました。しかし、それを疑わせ、私たちをイエス様から引き離そうとする力が、ほかならぬ自分自身のうちにあり、あらゆる戦いを挑んでくるのです。勝利の確信に留まり続けるために、私たちは不信仰と戦い、罪の誘惑と戦い、肉の弱さと戦い続けなければなりません。連戦連勝とはいかないでしょう。自分はもう駄目ではないかと弱気になることもありましょう。しかし、主の約束を思い起こし、倒れても起き上がり、戦い続けるならば、主が私たちに勝利の冠を授けて下さるのです。

関係性の豊かさ

彼は答えた。「あの方が罪人かどうか、わたしには分かりません。ただ一つ知っているのは、目の見えなかったわたしが、今は見えるということです。」
『ヨハネによる福音書』第9章25節

彼は、イエス様について多くのことを知っていたわけではありません。しかし、イエス様が自分を救ってくださった方であることを知っていました。信仰は知識の豊かさや確かではありません。関係性の豊かさ、確かさです。祈り、感謝、喜び、平安、希望、すべてはイエス様と関係が豊かにされ、確かにされることによって、私たちに与えられます。関係性の豊かさはどのようにして与えられるのでしょうか。それは、学ぶことによってではなく聞くことによって、善行によってではなく真実さによって、イエス様と共に生きることによってです。

大丈夫

エスはすぐ彼らに話しかけられた。「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」
『マタイによる福音書』第14章27節

子どもの頃、毎日、いろいろな恐れがありました。母は、わたしのいろいろな心配に、いつも「大丈夫だよ」と笑って励ましてくれました。母を見ながら、大人になれば何も怖くなくなるのかと思っていましたが、そうではありませんでした。相変わらず人生は恐れや不安に満ちています。頼りに思えた親も、実際は怖れや不安と戦いながら生きていたのだともわかりました。それでも子どもに安心を与えることができたのは、信じさせてくれる愛があったからです。いまはイエス様が、大きな愛をもって、私に「大丈夫だよ」と語りかけてくれます。

小さな贈り物

「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう。」
『ヨハネによる福音書』第6章9節

 イエス様には、それで十分でした。イエス様は少年の献げ物を受け取り、神様に感謝しましす。少年の献げ物は、イエス様にとって神様からの贈り物だったのです。神様がくださったものならば、どんなに小さな贈り物でも足りないとか、役に立たないということはありません。見過ごしているかもしれませんが、私たちの人生にも、神様からの小さな贈り物が溢れています。役に立たないとか、意味がないとか、つまらないことだと言う前に、それを与え給う神様に感謝しましょう。そうすれば、その恵みの十分さに驚くに違いありません。

主の平和

わたしは、平和をあながたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。
 『ヨハネによる福音書』第14章27節

私たちの生活に心配の種はつきません。ひとつの問題が解決しても、すぐに新たな心配事が出てきます。いつになったら、このような心配から解放されるのでしょうか。イエス様を信じたら、解放されるのでしょうか。イエス様を信じても、この世のことで悩むことはあります。心乱れることもあります。けれども、イエス様が共にいてくださると思うと、不思議な安心があります。《おびえるな》とイエス様は仰いましたが、確かに心配しても、おびえてはいないのです。心の奥低ではなんとかなると思っている落ち着きがあるのです。新しい年も、イエス様が与えてくださる平和のうちに歩み続けましょう、
日本基督教団 荒川教会

牧師 国府田祐人

Author:牧師 国府田祐人

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