御言葉に対する素直さ

わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。
『マタイによる福音書』10章16節

人間の社会も弱肉強食だと、信じている人は少なくありません。醜いほど自分の欲望に素直に生き、狙った獲物を必ず追い詰めるどう猛な知恵に長けた者こそ、この世の力を持つのです。その中にあって、隣人への思いやりを持ち、人に仕え、共に手をたずさえて歩もうとすることは、自分の気持ちにも素直ではないし、賢い生き方ではないのかもしれません。しかし、正しい素直さ、賢さは、自分に従うことでも、世の力におもねることでもなく、御言葉に従う素直さ、賢さにあるのだと、イエス様は言われているのです。

依り頼んで聞く

神に属する者は神の言葉を聞く。あなたたちが聞かないのは、神に属していないからである。
『ヨハネによる福音書』8章47節

信頼しない者や敵対する者に対して、私たちは聞く耳を持ちません。しかし、愛する者の言葉ならば、その声がどんなに細く小さくても、しっかりと聞き分けて、その心を受け取ることができるに違いありません。神様との関係においても同様です。敵する心、疑う心をもって神様の言葉を聞くことはできません。神様を愛する者、信頼する者、依り頼む者が、それを聞くのです。

信じなければ受け取れない

こう言っても、あなたたちの神、主をあなたたちは信じなかった。
『申命記』1章32節

 神の愛が信じられない兄弟姉妹たちへ。「こう言っても・・・あなたたちは信じなかった」と言われています。神様は決して沈黙しておられたのではありません。何度もあなたに愛を語りかけておられたのです。しかし、あなたはそれを信じませんでした。愛は信じなければ受け取ることはできません。受け取らなければ、約束も、祝福も、慰めも、導きも、何一つあなたのものになりません。あなたを愛する神の言葉も信じましょう。神の言葉は、この世で最も信ずるに値するものなのです。

お言葉どおりに

この卑しい女さえ、心にかけてくださいました。
『ルカによる福音書』1章48節

マリアは幸せの薄い、楽しみの少ない女性だったに違いありません。そうでなければ、どうして「お言葉どおりこの身になりますように」と言えたでしょうか。人間はどんなに貧しい者であっても、必ず守りたいもの、決して失いたくないものを心に持っているのです。しかし、彼女にはそれさえもありませんでした。たとえあったとしても、それを容易に捨てることが出来ました。その貧しさがあればこそ、「お言葉どおりこの身になりますように」と言って、彼女はイエス様を宿すことが出来たのです。

聖霊のあかし

神が御自分に従う人々にお与えになった聖霊も、このことを証ししておられます。
『使徒言行録』第5章32節

聖書を読み、聞き、学べば、イエス様が救い主であることを、あらゆる章句によって知ることができます。しかし、それは遠い世界の物語であって、私たちの現実ではない、という声があります。目で見たり、手で触れたり、心に迫ったり、実際、私たちの生き方が揺り動かされるような現実として、イエス様が救い主であると知るためには、聖霊が必要なのです。神様は従う者に、聖霊を与えてくださいます。まず、信じて従ってみることです。そうすれば、聖霊が、御言葉が真実であることを、証明してくださいます。
日本基督教団 荒川教会

牧師 国府田祐人

Author:牧師 国府田祐人

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