ロマ書(148)十字架は神の義を示す

このように神は忍耐してこられたが、今この時に義を示されたのは、御自分が正しい方であることを明らかにし、イエスを信じる者を義となさるためです。(3:26)
 イエス様は、こう言われました。

 あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。
(『ヨハネによる福音書』第16章33節)

 救いとは、苦難がない人生ではなく、苦難に負けない人生、負けないどころかそれを糧にさえする人生を手に入れることです。それを手に入れるためには、罪人である私たちの罪が赦され、きよめられ、私たちが神様のものとされなければなりません。そして、神様の愛と力で支配された人生を生きる者とされなければなりません。それは、律法を守ることによってではなく、イエス様が成し遂げてくださった贖いの御業によるのです。

人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。(3:23)

 キリスト・イエスによる贖いの業とは、イエス様がご自身を、神様と、人に、完全に捧げられたということです。

神はこのキリストを立て、その血によって信じる者のために罪を償う供え物となさいました。それは、今まで人が犯した罪を見逃して、神の義をお示しになるためです。(3:25)

 イエス様が、ご自身を《罪を償う供え物》として捧げられたのは、《神の義をお示しになるため》です。神が神とされるためです。神様がどんな時にも力ある方であり、私たちの希望であること、これが神が義とされることです。

コメントの投稿

非公開コメント

日本基督教団 荒川教会

牧師 国府田祐人

Author:牧師 国府田祐人

リンク
最新記事
カテゴリ
最新コメント
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
FC2カウンター
QRコード
QR
グーバーウォーク
検索フォーム