ロマ書(62)神の怒りの大きさ①

彼らは神を認めようとしなかったので、神は彼らを無価値な思いに渡され、そのため、彼らはしてはならないことをするようになりました。(1:28)
 24節、26節、28節で、パウロが、三度も繰り返して言っていることは、神様が、私たちを不潔な行い、恥べき情欲、無価値な思いに引き渡されたということです。もっと言えば、人間のやりたい放題にさせるということです。これが、神の怒りなのです。

 もし神様が、私たちに対する父の愛をもっていてくださり、親身になって気に留めてくださるならば、厳しく叱ってでも、かならず私たちを罪から引き止めてくださることでしょう。たとえば、『ヘブライ人への手紙』第12章7~11節まで、少し長いですが、大事なところなのでお読みしたいと思います。

 あなたがたは、これを鍛錬として忍耐しなさい。神は、あなたがたを子として取り扱っておられます。いったい、父から鍛えられない子があるでしょうか。もしだれもが受ける鍛錬を受けていないとすれば、それこそ、あなたがたは庶子であって、実の子ではありません。更にまた、わたしたちには、鍛えてくれる肉の父があり、その父を尊敬していました。それなら、なおさら、霊の父に服従して生きるのが当然ではないでしょうか。肉の父はしばらくの間、自分の思うままに鍛えてくれましたが、霊の父はわたしたちの益となるように、御自分の神聖にあずからせる目的でわたしたちを鍛えられるのです。およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせるのです。

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日本基督教団 荒川教会

牧師 国府田祐人

Author:牧師 国府田祐人

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