ロマ書(58) 欲望と罪の関係①

彼らは神を認めようとしなかったので、神は彼らを無価値な思いに渡され、そのため、彼らはしてはならないことをするようになりました。(1:28)
 主の祈りに、「我らを試みにあわせず、悪より救い出したまえ」という祈りがあります。「試みにあわせず」とは、どういうことをいうのでしょうか。

 心が揺らぐような辛い経験をしますと、私たちは善からぬことを考える。人に復讐してやろうとか、自らいのちを断とうとか、実際に行動しなくても、こころがひねてしまうことがあるのです。そういうことがないように、私たちの生活を、平和に守って下さいということでありましょうか。しかし、現実には、人生に何事もないとは考えにくいことです。イエス様も、ご自分に従う者たちに、《あなたがたは世で苦難がある》(『ヨハネによる福音書』第16章33節)と言われました。苦難はあるのです。

 それならば、「試みにあわせないで下さい」とは、どういうことなのか。人生に襲い来る、さまざまな出来事を経験しても、そのときに悪い思いに引き込まれないようにお守り下さい、ということでしょうか。それならば、イエス様は、「試みにあわせないで下さい」と祈ることを教えるよりも、端的に、「試みに打ち勝つ者としてください」と祈ることを教えられるべきだったということにならないでしょうか。

 けれども、イエス様は、たしかに「試みにあわせないでください」と祈るようにと、教えられたのです。それは、私たちが、与えられた信仰を守り抜き、悪から救われるためには、試みに打ち勝つことではなく、試みから逃れることが必要であると、イエス様はご存じであったからです。

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日本基督教団 荒川教会

牧師 国府田祐人

Author:牧師 国府田祐人

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