霊的な観望天気

偽善空や地の模様を見分けることは知っているのに、どうして今の時を見分けることを知らないのか。
『ルカによる福音書』第12章56節

雨蛙が鳴くと雨が降る。クモの巣に朝露がかかっていると晴れになる。入道雲が出ると夕立がくる。このように自然や生物を観察して天気を予想することを「観天望気」と言います。イエス様は、同じような知恵をもって、世の中の政治、経済、社会の出来事を観察し、神様は喜んでおられるのか、悲しんでおられるのか、怒っておられるのか、神様のお心の天気模様を読み解きなさいと言われます。自分の身ばかり考えていたら、それはわかりません。もっと世の中に起きている事に注意深い関心を持ち、先人の知恵に学び、その霊的な意味を考えなさいということなのです。今の時代をどう生きるのかという霊的な知恵が、そこから与えられます。

献げ物を受け取って下さる主

「それをここに持ってきなさい」
 『マタイによる福音書』第14章18節

 5000人を越える会衆の必要を満たすのに、五つのパンと二匹の魚は、何の役にも立たないかのように思います。同じような絶望を、私たちも味わっています。自分など何の役に立つのか。こんなことをしても無意味ではないか。そのような逡巡を断ち切り、御言葉に身を委ねようではありませんか。「それをここに持ってきなさい」と、主は言われます。主が求めておられることは、私たちの力ではなく、信仰なのです。信仰をもって、私たちの賜物を御手に委ねましょう。かならず主は、それを受け取り、神の新しい祝福の源泉としてくださるとを信じ、献げ物をし、奉仕をしましょう。

洗礼者ヨハネ

ヨハネは何のしるしも行わなかったが、彼がこの方について話したことは、すべて本当だった。
 『ヨハネによる福音書』第10章41節

洗礼者ヨハネは、モーセのように奇跡を行ったわけでもなく、ソロモンのように偉大な知恵を語ったわけでもなく、ネヘミヤのように国家の大事業を成し遂げたわけでもありません。彼がしたことは、イエス様について本当のことを知り、それを語ったということです。それのみでした。しかし、イエス様は「およそ女から生まれた者のうち、洗礼者ヨハネより偉大な者は現れなかった」(マタイ11:11)と言われます。私たちも、イエス様の恵みを知る者です。はばかることなくそれを語りましょう。それこそ神様の偉大な御業にあずかることなのです。

善い業を行って生きる

わたしたちは神に造られたものであり、しかも、神が前もって準備してくださった善い業のために、キリスト・イエスにおいて造られたからです。わたしたちは、その善い業を行って歩むのです。
 『エフェソの信徒への手紙』第2章10節

私たちが救われたのは、幸福なるためではありません。平和な日々を過ごすためではありません。幸せも、平和も、私たちに与えられるでしょう。しかし、それで終わりではないのです。神様が、私たちの罪を赦し、新しいいのちを与えてくださったのは、良い業を行うためです。良い業とは、神様が、私たちのためにあらかじめ備えてくださった人生の目的です。苦労があるとも、それを生きてこそ、自分のほんとうの命を生きることができるのです。



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思慮深くふるまう

万物の終わりが迫っています。だから、思慮深くふるまい、身を慎んで、よく祈りなさい。
『ペトロの手紙1』第4章7節
万物には終わりがあります。その事を弁えて生きることが、ほんとうの思慮深さです。大切なことは、万物が終わらせるのは、神様の御業であるということです。神様がはじめられた世界を、神様が終わらせるのです。それは単なる終わりや消滅ではありません。世界に対する御計画の成就であり、完成です。御言葉は、万物の終わりの日を思慮深く生きるとは、この世のことで騒々しい生きることをやめ、この世に対する御心を遂げ給う神様を静かに信頼し、日々、神様との交わりのなかに身を置いて、祈りの生活をおくることだと教えています。



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牧師 国府田祐人

Author:牧師 国府田祐人

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