愛を身につけよう

愛を身につけなさい。愛は、すべてを完成させるきずなです。
『コロサイの信徒への手紙』第3章14節

夢の実現であれ、病の癒やしであれ、願いが叶うことを信じ、希望をもって生きることは、いのちを力づけます。しかし、願いにしがみつき過ぎると、周囲に無関心な人となり、その人の存在は他の人々には無に等しくなります。最悪の場合、害にさえなります。他の人々に嫉妬し、邪魔者扱いし、敵愾心さえもってしまうからです。逆に、たとえ願いが叶わなくとも、あるいは犠牲にしても、人々に愛され、大切にされ、幸せに生きることがあるのです。ひとを愛することを身につけましょう。私たちは、いつも人々と共に生きているのです。

信仰の道は愛の道

また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。
『マタイによる福音書』第18章19節

イエス様は、二人が心を合わせて祈ることの力強さを教えておられます。同様に、イエス様は、弟子たちを二人一組にして福音宣教に遣わされました(マルコ6:7)。礼拝に行く前に、まず兄弟と和解しなさいという教え(マタイ5:23-25)、互いに愛し合うことによってキリストの救いを証ししなさいという戒め(ヨハネ13:34-35)も同様です。信仰の道は愛の道、ひとりではなく共に歩むものです。私たちが教会に集い、愛の交わりを形成することは、私たちの都合ではなく、イエス様の教えられた信仰のあり方なのです。

愛を求めよう

愛を身につけなさい。愛は、すべてを完成させるきずなです。
『コロサイの信徒への手紙』第3章14節

夢の実現であれ、病の癒やしであれ、願いが叶うことを信じ、希望をもって生きることは、いのちを力づけます。しかし、自分の願いにしがみつき過ぎると、周囲に無関心な人となり、その人の存在は他の人々には無に等しくなります。最悪の場合、害にさえなります。他の人々に嫉妬し、邪魔者扱いし、敵愾心さえもってしまうからです。逆に、たとえ願いが叶わなくとも、あるいは犠牲にしても、人々に愛され、大切にされ、幸せに生きることがあるのです。ひとを愛することを身につけましょう。私たちは、いつも人々と共に生きているのです。

自分を大切にする

隣人を自分のように愛しなさい。
『マタイによる福音書』第22章37節

イエス様は、単に「隣人を愛しなさい」と言われたのではなく、《自分のように愛しなさい》と教えられました。自分を愛していなければ、他者を愛することができないということでしょう。他方、自己愛があまりに強いために、他者を愛せないということがあるのも事実です。そこで考えなければならないのは、正しい自己愛と歪んだ自己愛があるということです。ただ自分を甘やかすばかりの自己愛ではなく、自分を大切にする生き方がきちんとできる自己愛を持つことが大切なのです。

忠告してくれる真の友

あらわな戒めは、隠れた愛に勝る。
『箴言』27章5節

 人を叱るということは難しいことです。相手を傷つけることになるからです。無難に済ませたいならば、やたらに忠告したり、叱ったりしないのが賢明です。しかし、「愛する人の与える傷は忠実のしるし。憎む人は数多くの接吻を与える」(箴言2章6節)という御言葉もあります。 優しいことばかりを言ってくれる人よりも、たとえ厳しいことを言ってくれる人こそ真の友であるということがあるのです。あなたに、そのような勇気をもって忠告してくれる友は、本当にあなたに忠実な友であるに違いありません。 
日本基督教団 荒川教会

牧師 国府田祐人

Author:牧師 国府田祐人

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