敵を愛する

敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。
『マタイによる福音書』第5章44-45節

「敵を愛せ」と言われて愛せるものではありません。強いられて無理に愛そうとしても、それは愛にはなりません。しかし、努力すればできることがあります。ひとを善人や悪人に分けて見ないようにすることです。ひとには弱さや欠点が過ちを犯すことはあるでしょう。自分と異なる考えや価値観を受け入れられないこともあるでしょう。しかし、ひとはひとであり、善人でも悪人でもありません。すくなくとも天の父はそのように人間をごらんになっておられると、イエス様は言っておられます。

天国は愛で満ちている

友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。
『ヨハネによる福音書』第15章13節

こんな話があります。ある人が地獄と天国の様子を見せられました。地獄の人々はたいへん痩せ衰えていました。鍋にはたくさんご馳走があるのですが、スプーンの柄が長すぎて、自分の口に運べないのです。ああ、この長いスプーンこそ地獄で与えられる罰だ、目の前のご馳走を食べられないなんて残酷な罰だと思いました。次に、天国をみたら、なんと天国の人々も、地獄とまったく同じご馳走の鍋と長いスプーンなのでした。ところが、天国の人々は、それを自分の口に運ばず、向こう側にいる兄弟姉妹に食べさせています。誰もがそうしているものですから、みんな美味しそうに鍋の食事をいただいているのでした。

愛を身につけよう

愛を身につけなさい。愛は、すべてを完成させるきずなです。
『コロサイの信徒への手紙』第3章14節

夢の実現であれ、病の癒やしであれ、願いが叶うことを信じ、希望をもって生きることは、いのちを力づけます。しかし、願いにしがみつき過ぎると、周囲に無関心な人となり、その人の存在は他の人々には無に等しくなります。最悪の場合、害にさえなります。他の人々に嫉妬し、邪魔者扱いし、敵愾心さえもってしまうからです。逆に、たとえ願いが叶わなくとも、あるいは犠牲にしても、人々に愛され、大切にされ、幸せに生きることがあるのです。ひとを愛することを身につけましょう。私たちは、いつも人々と共に生きているのです。

信仰の道は愛の道

また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。
『マタイによる福音書』第18章19節

イエス様は、二人が心を合わせて祈ることの力強さを教えておられます。同様に、イエス様は、弟子たちを二人一組にして福音宣教に遣わされました(マルコ6:7)。礼拝に行く前に、まず兄弟と和解しなさいという教え(マタイ5:23-25)、互いに愛し合うことによってキリストの救いを証ししなさいという戒め(ヨハネ13:34-35)も同様です。信仰の道は愛の道、ひとりではなく共に歩むものです。私たちが教会に集い、愛の交わりを形成することは、私たちの都合ではなく、イエス様の教えられた信仰のあり方なのです。

愛を求めよう

愛を身につけなさい。愛は、すべてを完成させるきずなです。
『コロサイの信徒への手紙』第3章14節

夢の実現であれ、病の癒やしであれ、願いが叶うことを信じ、希望をもって生きることは、いのちを力づけます。しかし、自分の願いにしがみつき過ぎると、周囲に無関心な人となり、その人の存在は他の人々には無に等しくなります。最悪の場合、害にさえなります。他の人々に嫉妬し、邪魔者扱いし、敵愾心さえもってしまうからです。逆に、たとえ願いが叶わなくとも、あるいは犠牲にしても、人々に愛され、大切にされ、幸せに生きることがあるのです。ひとを愛することを身につけましょう。私たちは、いつも人々と共に生きているのです。
日本基督教団 荒川教会

牧師 国府田祐人

Author:牧師 国府田祐人

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