自分を再発見する

天の国は力ずくで襲われており、激しく襲う者がそれを奪い取ろうとしている。
『マタイによる福音書』第11章12節

天の父が、あなたを形作られました。あなたを愛するためです。しかし、あなたはあなたでないものになろうとしているのではないでしょうか。その結果、ひとをうらやんだり、妬んだり、自分を裁き、否定しているのではないでしょうか。天の父は愛をもって、あなたをまたとなき存在、素晴らしい存在として形作りあげられたのです。それを力づくで変えようとすることは、神様への暴力であると気づいておられるでしょうか。あなたは自分を変える努力ではなく、自分を再発見する努力をすべきなのです。そして、神様をたたえる者になることが、あなたの幸せなのです。

うぬぼれてはならない

あなたがたの義が律法学者やファリサイ派の人々の義にまさっていなければ、あなたがたは決して天の国に入ることができない。
『マタイによる福音書』第5章20節

イエス様はあなたに「うぬぼれるな」と言っておられるのです。あなたが考える自分の正しさ、潔癖さ、善良さ、真面目さ、強さ・・・そんなものは都合の悪いことはぜんぶ隠したうえで、つまり臭いものに蓋をしたうえでの自己評価に過ぎません。神様の目はそんなあなたのうぬぼれなどお認めになれません。神様には自分を隠すことができないのです。だから、だれもイエス様が与えてくださる義を持たずして、神様の前に立つことはできません。うぬぼれた自己評価など依り頼まず、イエス様の十字架をこそ依り頼みもうではありませんか。

孤独について

あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。
『マタイによる福音書』第6章6節

 孤独から逃れようとしてはいけません。ひとりぼっちであるという感覚は、神様があなたを無二の存在としてお造りになったことの証しだからです。孤独は、霊的な生活においてなくてはならない場です。そこでのみ、あなたは自分以上に自分を知り給う造り主で出会い、その格別な愛を知りるのです。そのとき、孤独はもはやあなたの寂しさではなくなり、自分が自分であることの意味や価値を知る機会となるのでしょう。そのとき、あなたを理解できなくても、あなたは自分が誰とも違う存在であることを尊び、それを喜ぶでしょう。そのとき、あなたの隣人に対する心も変わり、隣人を敬う心を自然にもつようになるでしょう。

ぶどう園を荒らす小狐

狐たちをつかまえてください
ぶどう畑を荒らす小狐を。
わたしたちのぶどう畑は花盛りですから。
『雅歌』第2章15節

小さな嘘をつく。陰口を言う。不潔な冗談を言う。ちょっとした意地悪をする。小さなズルをする。このような小さな罪は、誰もがしていることで、自分の霊的な問題に深刻な影響を与えていると思わない人がいるかもしれません。しかし、放置されたままの小さな罪たちは、ぶどう畑を荒らす小狐のように、せっかく花を咲かせた心のぶどう畑を傷だらけにし、実を結ぶのを妨げてしまうのです。自分の魂に細心の注意を払い、主がぶどう園から小狐を閉め出してくださるように、日々祈りましょう。

神の子の願い

神の霊によって導かれる者は皆、神の子なのです。
『ローマの信徒への手紙』第8章14節

人がもつ信仰は、もしかしたら、人間的な信念や願望に過ぎないかもしれません。そうではなく、神の霊に導かれているのだという確信は、どうしたらもつことができるでしょうか。肉の願いは、誰もが願うことを願います。夢が叶うこと、正しさが認められること、プライドが保たれること、要するに自分が満たされることです。しかし、神の霊は、肉の願いが決して願い得ない願いへと、私たちを導きます。それは、私たちが、キリストと共に十字架につけられるということです。そのうような願いに生かされる者が、神の霊によって導かれる者だと言えるのです。
日本基督教団 荒川教会

牧師 国府田祐人

Author:牧師 国府田祐人

リンク
最新記事
カテゴリ
最新コメント
カレンダー
01 | 2018/02 | 03
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 - - -
FC2カウンター
QRコード
QR
グーバーウォーク
検索フォーム