祈りと忍耐

涙と共に種を蒔く人は
喜びの歌と共に刈り入れる。
『詩篇』第126編5節

信仰生活はしばしば聖書のなかで農夫の生活に喩えられます。農民の生活の一番の特徴は何でしょうか。それは祈りと忍耐と感謝です。惜しみない努力を注ぎながらも、蒔いた種を芽生えさせるのも、実らせるのも、すべては自然の恵みだからです。だから、農夫は祈りと忍耐と感謝を忘れません。人生も同じです。知恵や力も必要です。勤勉さも必要です。けれども、実りを与えてくれるのは神の恵みなのです。人生にも祈りと忍耐と感謝が必要です。それが信仰生活です。良い日も、悪い日も、恵みの神様に感謝しつつ、祈りと忍耐をもって為すべき務めを励みましょう。

聖霊に導かれて歩む

神の霊によって導かれる者は皆、神の子なのです。
『ローマの信徒への手紙』第8章14節

人がもつ信仰は、もしかしたら、人間的な信念や願望に過ぎないかもしれません。そうではなく、神の霊に導かれているのだという確信は、どうしたらもつことができるでしょうか。肉の願いは、誰もが願うことを願います。夢が叶うこと、正しさが認められること、プライドが保たれること、要するに自分が満たされることです。しかし、神の霊は、肉の願いが決して願い得ない願いへと、私たちを導きます。それは、私たちが、キリストと共に十字架につけられるということです。そのうような願いに生かされる者が、神の霊によって導かれる者だと言えるのです。


神様を作り出してはならない

あなたはいかなる像も造ってはならない。・・・あなたはそれらに向かってひれ伏したり、それらに仕えたりしてはならない。
『出エジプト記』第20章4-5節

どんな人も神様を思ったり、神様について考えることはできます。しかし、神様をつくることはできません。神様の栄光の一端に触れて、神様がわかったと思うこともありましょう。神様と出会ったという感覚をもつこともありましょう。しかし、「これが神様だ」と断言してしまった途端、神様を人間の思想や経験の限界のなかに閉じ込めてしまうことになります。そこに偶像が生まれます。わたしたちは人間の限界のなかでしか神様を思うことができません。だからこそ、ほんとうの神様は人間の思いを超えたお方であることを認め、求道の心を忘れてはならないのです。

冒険の人生

何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。
『マタイによる福音書』第6章33節

「あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している」(ルカ10:41)と、イエス様はマルタにおっしゃいました。あれこれと心をもちい悩み疲れている自分に言われていることのように感じる人は少なくないでしょう。イエス様は、あれこれと悩むのではなく、一切を来るべき神の国への祈りに集中させ、そのためにすべてを捧げよと教えられます。他の一切はどうでもいいことだ、といわれるのではありません。これを徹底すれば、他の一切は神の国の恵みとして、あなたに与えられると断言されるのです。そうなるかならぬか、信じて任せる以外に道はありません。信仰生活とは、イエス様を信じる冒険の人生です。



正しさについて

あなたたちは、不正な物差し、秤、升を用いてはならない。 正しい天秤、正しい重り、正しい升、正しい容器を用いなさい。
『レビ記』第19章35-36節

正しい信仰、正しい聖書解釈、わたしはそういう「正しさ」という旗を自ら掲げる人を信用できません。うぬぼれや高慢しか感じないのです。しかし、つねに正しさを追い求めることは大事です。自分を未だ達し得ない者とするからこそ、正しさへの真摯な追求がなされます。秤や升だって同じことです。それを限りなく正確なものに近づけようとする努力は、今日もなお行われています。つねに自分を過てる者とし、正しい信仰、正しい聖書解釈を真摯に探求し続ける者こそ、信用できる正しさに近いひとではないでしょうか。
日本基督教団 荒川教会

牧師 国府田祐人

Author:牧師 国府田祐人

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