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蛇のようにさかしく、鳩のように素直に

わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。
 『マタイによる福音書』10章16節

人間の社会も弱肉強食だと、信じている人は少なくありません。自分の欲望に醜いほど素直に生き、狙った獲物を必ず追い詰めるどう猛な知恵に長けた者こそ、この世の力を持つのです。その中にあって、隣人への思いやりを持ち、人に仕え、共に手をたずさえて歩もうとすることは、自分の気持ちにも素直ではないし、賢い生き方ではないのかもしれません。しかし、正しい素直さ、賢さは、自分に従うことでも、世の力におもねることでもなく、御言葉に従う素直さ、賢さにあるのだと、イエス様は言われているのです。

祈りのみち

                  祈
               
      ゆきなれた路の
      なつかしくて耐えられぬように
      わたしの祈りのみちをつくりたい
                                                           (詩稿「野火」、『八木重吉全集第二巻』)

 八木重吉(1898-1927)は、21歳のとき駒込にある教会で洗礼を受けました。しかし、数ヶ月後には教会を離れてしまいます。重吉の非社交的、内向的な性格が、盛んに伝道や奉仕を求める当時の教会の雰囲気と馴染まなかったゆえであるとと言われています。自己の内面と向き合い、イエス様の十字架を仰ぐことによって罪のゆるしと救いを見いだすことこそ、重吉の求めている信仰だったからです。
 教会を離れてしまったことは残念ですが、重吉のその信仰は教会を離れた後も失われませんでした。重吉は、28歳で結核を病み、29歳で短い生涯を閉じます。彼に洗礼を授けた牧師が病床を見舞ってくれたことにより、重吉が教会の祈りのなかで生涯を閉じることができました。
 「祈」と題した詩は、死の1年半前、体調を崩し始めた頃の作品です。「ゆきなれた路の/なつかしくて耐えられぬように」という言葉から、わたしは子どもの頃に通った通学路を思い出します。小川に沿った田圃のなかの一本道を、友達と歩いたり、遅刻しそうで走ったり、泣いてひとりで歩いたり、いま思い起こすと、胸が締めつけられるような懐かしさを感じます。
 それと「祈りのみち」がどのように結びつくのでしょうか。わたしたちの毎日は単純のようであっても、日々、大小さまざまの事件があり、答えのないことに向き合い、悩んでは祈り、感謝しては祈り、反省しては祈り、神様と対話をしながら、まさに「わたしの祈りのみち」を歩んでいるのではないでしょうか。いつか、それを懐かしく振り返ることができるように、日々を生きていきたい、と言われているのです。

御業のなされる余地

                 ひかえめに
               
      書きつくさないで ひかえめに
      言いつくさないで ひかえめに
      聞きつくさないで ひかえめに
      ほめつくさないで ひかえめに
      責めつくさないで ひかえめに
      怒りつくさないで ひかえめに
      喜びつくさないで ひかえめに
      教えつくさないで ひかえめに
      与えつくさないで ひかえめに
      掘りつくさないで ひかえめに
      埋めつくさないで ひかえめに
      行きつくさないで ひかえめに
      見つくさないで ひかえめに
      拾いつくさないで ひかえめに
      捨てつくさないで ひかえめに
      助けつくさないで ひかえめに
      登りつくさないで ひかえめに
      謙虚だけは下りつくして
                (河野進、『ぞうきん』、幻冬舎)

 河野進(1904-1990)は日本基督教団玉島教会(倉敷市)の牧師、また保育園の園長を務めながら、長島愛生園、邑久光明園のハンセン病者への慰問伝道を半世紀にわたり続けられました。多くの優れた詩を書かれ、詩集も出される詩人でもあります。
 わたしは、上記の詩に『レビ記』19章9-10節が穀物でも、ぶどうでも、収穫物を刈り尽くし、摘みつくしてはいけないと命じる御言葉を思い起こしました。神様が愛のお働きをなさるために、収穫の一部を敢えて残しておきなさい、というのです。自分を信じて何でもやり尽くし、行き尽くしてしまうのが、人間の悪い癖です。自分の働きはひかえめに、そして神様がお働きになる余地を残して生活したいものです。

天刑は天啓であった ー明石海人ー


小さい空が見える
               
墜ちてゆく穴はずんずん深くなりいつか小さい天(そら)が見えだす
          (村井 紀編、『明石海人歌集』、岩波文庫)
 
 明石海人(あかしかいじん)(1901-1939)は、静岡県沼津市出身の歌人です。恵まれた環境のなかで育ち、学業を修め、小学校教員として働き、結婚し、二児に恵まれた幸せな生活を過ごしていました。しかし、二十五歳のときにハンセン病と診断されます。彼の幸せな人生は音を立てて崩れていきました。家族と離別、長島愛生園への入所、病気の進行による失明、気管切開手術により声も失いました。《墜ちてゆく穴はずんずん深くなり》とは、そのような彼の境涯が込められています。歌集の冒頭で、彼は、「癩(らい)は天刑である。加ははる笞(しもと)の一つ一つに、嗚咽し慟哭しあるひは呻吟しながら、私は苦患の闇をかき捜つて一縷の光を渇き求めた。」と語っています。長島愛生園に入所してから半年ほどの間、彼は狂人に荒れました。何もかも失い、墜ちるところまで墜ちたとき、かえって落ち着きを取り戻したのでしょうか、1933年12月に洗礼を受けます。どん底から神様を見上げたとき、彼は頭上に《小さな天(そら)》が輝いているのを見ます。その後、短歌の創作に励み、その才気あふれる短歌を残し、38歳で召されました。大岡信は「もし長寿を保ったなら、昭和を代表する大歌人となったろう」と言っています。「癩(らい)は天刑である。」と書かれた文章は、こう結ばれています。
 
人の世を脱れて人の世を知り、骨肉を離れて愛を信じ、明を失つては内にひらく青山白雲を見た。癩は天啓でもあった。

 天刑と思えた人生を、天啓として生きた明石海人は《いつか小さな天(そら)が見えだす》と、歌人らしい美しい言葉で希望を語るのです。

信仰とは何か

信仰がなければ、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神が存在しておられること、また、神は御自分を求める者たちに報いてくださる方であることを、信じていなければならないからです。
『ヘブライ人への手紙』第11章6節

信仰に二つの意味があります。一つは神の真理を認めることです。《神が存在しておられること》を信じるのはこの信仰です。聖書の教え、教会の教義を信じることも、真理を認める意味の信仰になります。しかし、知識として神様を認めていても、それだけでは信仰生活はできません。信仰のもう一つの意味は、神を信頼することです。《神は御自分を求める者たちに報いてくださる》と信じるのは、この信仰です。信仰に生きるためには、信頼でわたしたちの心が神様の心に固く結ばれる信仰が必要なのです。神様の真理を知ること、そして信頼で神様の心に結ばれること、この二つをもって信仰生活は成り立ちます。
日本基督教団 荒川教会

牧師 国府田祐人

Author:牧師 国府田祐人

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